朝の山手線、七時四十五分、新橋発。車内は満員だが、話し声はほとんどしない。聞こえるのはレールの音と、ドアの開閉音と、ごく稀なアナウンスだけ。この静けさは、外国から来た人がまず驚く東京の特徴のひとつだろう。
沈黙の三つのルール
書かれざるルールとして、電車の中では三つの境界線が共有されている。
一つ目は、電話 でんわphone callをしないこと。これは駅や車両内のアナウンスで何度も注意されるため、規範として強い。メッセージを打つのは問題ないが、話すことは避けられる。
二つ目は、会話をするなら小声で、ということ。友人同士の会話そのものは禁止されていない。ただし、周囲の人に内容が聞こえないくらいの音量に抑える、という暗黙の了解がある。
三つ目は、イヤホンから音を漏らさないこと。音漏れ おともれsound leaking from headphonesは、日本語の中で特別な位置を持つ概念で、英語にはぴったり対応する単語がない。
朝と夜で違う沈黙
朝の沈黙は、まだ言葉を発する準備ができていない人々の疲労と、集中の混じった静けさだ。多くの人が目を閉じるか、スマホを見るか、本を読んでいる。目が合うことは少ない。
夜の沈黙は質が違う。仕事帰りの疲労に、微かな酒の匂いが混じる。会話はあるが、声は小さい。金曜の終電になると、会話の量は増えて、沈黙の層が薄くなる。
沈黙は誰が守っているか
興味深いのは、この沈黙が強制によって維持されていないことだ。車掌が注意することはほとんどない。迷惑 めいわくnuisance / bother to othersをかけないという規範が、乗客一人ひとりの内側に入っている。
ルールを破る人がいても、周囲は直接注意しないことが多い。代わりに、目を合わさない、視線を落とす、わずかに距離を置く、という小さなサインで「外れた」ことを伝える。これは強い制裁ではなく、柔らかい除外に近い。
外国から来た人へ
東京の電車の沈黙は、他者への冷たさとは違う。むしろ、気配り きくばりconsideration / attentiveness to othersの一つの現れだ。満員の車内で、みなが少しずつ声を抑え、音を減らすことで、全体が耐えられる空間になっている。
初めて乗ったときは、この静けさが不気味だった。三年経つと、逆に、ロンドンの地下鉄のざわめきのほうが不快に感じるようになった
沈黙は、都市と住民が何十年もかけて調整してきた、暗黙の合意の結果でもある。一度壊れれば戻りにくい、壊れやすいインフラとも言える。都市生活 としせいかつurban lifeの基礎にある、見えない取り決めの一つ。