徳島県の吉野川沿いに、築百年の工房がある。土間の奥に、直径一メートルほどの藍瓶が六つ並んでいて、表面は深い藍色の膜で覆われている。指を差し入れると、液体はぬるく、ほのかに発酵の匂いがした。これから教わるのは、藍染め あいぞめindigo dyeingの基本手順だ。
染料ができるまで
染めの前に、染料そのものを作る長い時間がある。タデアイという植物の葉を収穫し、乾燥させ、何か月もかけて発酵させて、蒅 すくもfermented indigo dye baseと呼ばれる黒い塊にする。このプロセスに六か月から一年。
蒅を藍瓶 あいがめindigo dyeing vatに入れて、木灰、石灰、ふすま、酒を加えて発酵させると、染液ができる。色はすでに青黒いが、空気に触れない限り、染料としては眠っている。
実際の手順
0:00
布を湿らせる
乾いた布は染料を均一に吸わないため、まず水で濡らして絞る。水分が多すぎても少なすぎても、色むらの原因になる。絞った布は、軽く湿っている程度がちょうどいい。0:05
藍瓶に沈める
布を両手で広げ、ゆっくりと藍瓶に沈める。一気に入れると液が揺れて、表面の膜が壊れる。手首まで液に入れ、布を手で広げながら、一分ほど全体を浸す。0:08
引き上げて空気に晒す
布を引き上げると、最初は黄緑色に見える。これが空気に触れて酸化し、ゆっくりと青に変わっていく。この瞬間が、藍染めの最も美しい段階だと言われる。約二分、広げた状態で空気にさらす。0:12
水で余分な染料を洗う
バケツの水で、布に付いた余分な染料を洗い落とす。水が薄く青く染まるが、これは捨てる。この工程を省くと、色がムラになる。0:15
濃くしたい場合は繰り返す
一度の染めでは浅い水色にしかならない。濃紺を出すには、上記の「沈める → 酸化させる → 洗う」を五回から八回繰り返す。回数で色の深さが決まる。0:30
仕上げの水洗いと乾燥
最終的に、きれいな水で二、三回すすぎ、陰干しで乾かす。直射日光は色褪せの原因になるため避ける。完全に乾くまで、色はまだ変化し続ける。
化学染料とどう違うか
市販の藍色の布の多くは、合成インジゴで染められている。色はほぼ同じに見えるが、近くで比べると、天然藍には独特の深み ふかみdepth (of colour/character)がある。光の角度で微妙に違う青を返す、という性質だ。
合成染料の藍色は均一で安定している。天然藍は日光や洗濯で少しずつ色が変化し、数十年かけて「育つ」。この変化を楽しめるかどうかで、天然藍の選び方が変わる。
手順の外にある時間
三十分の染め作業の前に、染料の六か月がある。そのさらに前に、タデアイを育てる一年がある。見える手順の外側に、見えない時間が積み重なっている。
職人 しょくにんartisan; craftspersonの仕事の多くは、こうして、表に出る瞬間の何十倍もの準備を必要とする。手順書に書かれた三十分の背後には、経験と勘でしか制御できない時間がある。
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